2021.02.02
  • インタビュー
彼女のサーブ&レシーブ|色んな場所に行って色んな人に観ていただきたいです
  筆者は、“初代フューチャーテニスアイコン”として歌っていた浦郷えりかが大好きだった。ラケット片手にテニスルックという謎な出立ちの彼女が歌っていたのは、「Racket Love」「Cheerio!!!」「A Hungry Girl」「色づく季節」といった絶品ポップナンバー。元インスタントシトロンの松尾宗能や長瀬五郎らが制作したこれらの楽曲は、どこか懐かしいメロディとラウンジーでキッチュなサウンドを擁し、“テニス”というギミックと相俟って、独特の味わいを醸し出していた。   だが、浦郷えりかの歌手としての活動期間は短かった。2016年9月にシングルをリリースするも、2017年には女優活動に専念するため歌手を引退。筆者はライブを観る機会に恵まれず、その実態を掴むことはできないままだったのだが…。   そのコンセプトと楽曲を継承したのが“彼女のサーブ&レシーブ”だ。2017年4月のデビュー当初こそは、いきなりメンバーの出入りがあったり、東京と福岡で個々に活動したり、と少々落ち着かなかったが、約2年前に“テニス”のコンセプトを辞めてからは、実に自由にのびのびとパフォーマンス。衣装もなければ(私服を着用)振り付けもなく(自由に身体を揺らす)、とにかく自然体であの優れた楽曲群を歌い、楽曲の魅力を、そして自分たち自身の魅力をオーディエンスへと鮮やかに提示していた。   そして昨年10月『矢口真里の火曜The NIGHT』に出演。“あおぎ”の“えり”へのガチ恋ぶりを上手くイジってもらうことで、二人の関係性やそれぞれの違った一面が浮き彫りとなり、彼女のサーブ&レシーブは一躍脚光を浴びることとなった。   そうした追い風が吹く中、彼女たちは2ndアルバムをリリース。『kanosare』と題されたそのアルバムは、浦郷えりかの歌っていた「色づく季節」をはじめ、松尾宗能や長瀬五郎といったインスタントシトロン勢らのペンによる楽曲を軸に、神戸発のインディーバンド、SAPPYのRyohei Tarumotoや、その先鋭的な音楽性で話題のuamiの提供曲を収録。さらには、インスタントシトロンの名曲「STILL BE SHINE」のカバーにも挑む意欲的な作品となった。   そして今や、テニスウェアではない“普通”の衣装を纏い、さらには振り付けも次々とついていき……ブレイクへと向かって準備万端だ。   “フューチャーテニスアイコン”という些か意味不明なギミックも結構好きだったのだが、もはやそれも必要なくなったのだろう。登場時には有効なアイキャッチとなるが、ともすればそうした“装飾”が楽曲やメンバーの本質的な魅力を伝えにくくしていたこともあったのかもしれない。ともかくも、今やそうしたものを必要としないぐらい、彼女たちの表現力も高まり、自分たち自身の魅力を発することもできるようになったということだろう。   そんな彼女のサーブ&レシーブの“あおぎ”と“えり”にお話を伺った。お二人の絶妙な関係性や楽曲に対する真摯な姿勢が垣間見られるものとなった。ぜひご一読を。             本気でゆるくやってます(えり)     ーー彼女のサーブ&レシーブってどんなグループですか?    えり:彼女のサーブ&レシーブは…なんだろう…。コンセプト的には“フューチャーテニスアイコン”って伝えられてるんですけど、2年前にもう“テニス”ではなくなったので…。   ーーあぁ、そうですよね。   えり:なので、コンセプト的な話になると、もう私たちには全くわからなくて…(笑)。   ーー(笑)。   あおぎ:“フューチャーテニスアイコン”ではなくなってから、その次のコンセプトが特に定まっていない状態でやってます。   えり:まだ模索中というか…。   ーー模索中なんですね。ということは、今お二人はどういう心構えでグループをやられてるんですか?    あおぎ:仲良く楽しくって感じです。   えり:本気でゆるくって感じです。   ーー本気でゆるく。   えり:よく言われるんですよ。   ーーそうやるように言われてるんですか?   えり:まぁ言われてるっていうか、勝手にそうなったっていうか…。ありのままの私たちがステージに出てる感じですね。本当に控え室の私たちがそのままステージに出てるというか…。本気でゆるくやってます。   ーーなるほど。「本気でゆるく」って、いいコンセプトですね。   えり:これがコンセプトか!   あおぎ:もう決定にしましょう(笑)。   えり:決定したかもしれない。   ーー決定でいいですか?(笑) で、僕は“初代フューチャーテニスアイコン”浦郷えりかさんの頃から大好きだったんですよ。「Racket Love」とか「色づく季節」とか。あと、お二人はまだやられてないのかもしれないですが「Love Spread」っていう曲とか。   あおぎ:あー。   えり:聞いたことある。   あおぎ:わからん。何?    えり:多分ウチらは歌ったことはない。   あおぎ:ない?   ーーまだ歌われてないんですね。その曲とか大好きだったんですよ。そこから色々ありましたよねぇ。浦郷さんが辞められた後、あおぎさんが“彼女のサーブ”を継いで、もう一人くわはらゆみさんという方を“彼女のレシーブ”として迎え、配信シングル「スキッ!~LoveMagic~」をリリースした日にくわはらさんが“テニス肘”(笑)で辞められて…。   えり:そうですね。二人とも2代目です。   ーーそうなんですね。浦郷さんが活動されてた時って、お二人は一応知ってた、というか意識はしてたんですか?    あおぎ:全然知らなかったです。   えり:知らないです。   ーー知らなかったですか。ライブも観たことなかったですか?   あおぎ:観たことないですね。   ーーその時お二人は“ラフ☆ちっく”というグループにいましたよね?   あおぎ:そうです。福岡で。   ーーですよね。お二人の事務所ラフェイスの“タレント養成グループ”というか“虎の穴”みたいな(笑)。   あおぎ:アハハ。   えり:そんな感じです。   ーーということは、ご存じなかったんですね。じゃあ、そういうお話が来た時って、どういうことやるのかとか理解できました?   あおぎ:まず最初に声を掛けられたのが自分だったんですが、今までグループでしか活動したことがなくて、一人でやることがまずなかったので、不安でした。しかも東京でってことだったので…。それまではずっと福岡でやってきたので、東京で一人でってどうなるのかなって。でも、東京に行っても特にすることがなかったので、することができたっていうのがありがたかったですね(笑)。   ーーあぁ、東京で最初はあまりすることがなくて。   あおぎ:そうですね。   ーーで、脇田もなりさんのリリイベとかに来てたわけですね(笑)。   あおぎ:遊びに行ってました。好きなので。   ーーそもそも上京されたのは大学進学で、ですよね?    あおぎ:そうです。大学進学です。   ーー“彼女のサーブ”をやるために上京したわけではなくて、大学進学のために、ですよね?   あおぎ:そうですね。大学で来るから東京で何かないかな? で、彼女のサーブって感じです。   ーー進学するためにラフ☆ちっくを辞めて、東京に行って、そこで彼女のサーブの話が持ちかけられたのでやった、と。    あおぎ:そうです。   ーーで、そもそもなんですが、あおぎさんが「彼女のサーブ」で、えりさんが「彼女のレシーブ」でしたよね? それは今もですか?   あおぎ:だったんですけど、1stアルバムの頃に衣装を変えるタイミングで、二人で「彼女のサーブ&レシーブ」になりました。   えり:テニスのコンセプトがなくなったので「彼女のサーブ」と「彼女のレシーブ」っていう境目がややこしくなってしまうので、「彼女のサーブ&レシーブ」というグループの「あおぎとえり」っていう風になったんです。   ーーなるほど。でも、今もあおぎさんは東京で、えりさんは福岡。別々にライブをやることもあるんですよね? 今は言わないのかもしれないですけど“シングル”でライブをやることがあるわけですか?   あおぎ:最近は二人が多いですね。   えり:福岡で私が一人でやることはたまにあるんですが、ぎーちゃん(=あおぎ)が東京で一人でやることはあまりないです。   あおぎ:ほぼほぼないですね。   ーーあおぎさんが東京でお一人でやってるライブを何度か観たことがあるんですが、今は東京では大体お二人でやってる、と。   えり:はい。