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2026.11.05
ULTRA-PRISM×桃井はるこ

「Say 全 魂-soul-」Presents ULTRA-PRISM×桃井はるこ対談インタビュー。「この世代に生まれ育ってきてよかったな」と自信を持って生きてほしい。それが、「Say 全 魂-soul-」の裏テーマ。

  萌えソングや電波ソングが生まれた聖地である秋葉原。2025年1月に、同地のライブハウスを舞台に始まった、ULTRA-PRISM主催イベントの「Say 全 魂-soul-」も、 2027年2月6日(土)に赤羽ReNY alphaで行われる公演をもって3回目の開催となる。今回は、主催のULTRA-PRISMを筆頭に、1回目から連続で出演している桃井はるこ。1回目に続いての出演となるMOSAIC.WAV。そして、活動初期に小池雅也がプロデュースしていた、でんぱ組.incの元メンバーである成瀬瑛美と夢眠ねむが出演する。今回のテーマは、「小池雅也の音楽の歴史から感じる、萌えソング・電波ソング(以下、萌え・電波ソング)の歴史の検証と継承」だ。以前からイベントを形作るうえで大切な軸になっていたことだが、今回のイベントに、萌え・電波ソングというキーワードを介して小池雅也と深い関係を持つ人たちが揃ったことで、改めて「小池雅也の音楽を楽しみつつ、萌え・電波ソングの歩みを再確認し、継承し、未来へ繋ごう」という思いを胸に、イベントを構築していくことになった。萌え・電波ソングが華やかだった2000年代頃の空気を受け継ぎ、その時代を語る人たちが少なくなっている今だからこそ、当時の空気を少しでも感じてもらおうと、このたび、ULTRA-PRISMと桃井はるこが対談を行った。

 

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誰かの真似ごとではない、自分が本当に好きでやりたい、それこそ「自分のライフスタイルを反映した音楽スタイル」が必要だと思ったんですよ。


月宮うさぎ(以下、月宮)「Say 全 魂-soul-」を始めたきっかけは、対談に協力してくださった桃井さんとも共通の知人である、昭和のアイドルカメラマンとして活躍されてきた大山文彦先生が、ほんとうに突然、お星さまになってしまったこと。
  当時、いろんな思いを巡らせていく中で、「世の中、いつ、なにが起きるかなんて誰も予想がつかないからこそ、小池アニキが元気なうちに、もっとステージで演奏している姿を見てもらいたい」「アニキが今まで積み重ねてきた歴史をしっかりと伝えたい」と思ったことから「Say 全 魂-soul-」を始めています。
 3回目を迎える今回は、桃井(はるこ)さん、MOSAIC.WAVさん、元でんぱ組.incのえいたそ(成瀬瑛美)ちゃんと、ねむきゅん(夢眠ねむ)さんをお迎えすることができました。まさに、期待が高まる今日この頃であります!
  そのうえで今回、桃井さんをお呼びして対談を行おうとしたのは、萌えソングや電波ソングなどを含めた我々が認識している所謂アキバ系ソングと、桃井さんが黎明期から関わってきたインターネットの世界は密接な関係があるからこそ、現代へと至る歴史の歩みを、その時代を作ってきた桃井さん、そしてアニキもまじえて語れたなと思ったからです。
 実際、桃井さんのように1990年前半の"草の根BBS"や"みかか代"の時代からインターネットを主戦場にして活動を始め、今も継続してアキバ系アーティストとして活動していらっしゃる方にお話しを伺えるのって貴重な機会だと思っています。宜しくお願い致します!

桃井はるこ(以下、桃井) わたしの場合、アキバ系と言わざるを得なかったんですよ。それこそ中学生の頃から楽曲を作るのが好きだったし、あの当時から「自分にしかできない事って何だろう」「自分が一番したい表現って何だろう」と思っていました。
 わたしはアイドル好きなのもあって、CDの購入も含め、子供の頃から秋葉原に行っては、新しい電化製品を。それこそ、オーディオ関係、パソコン関係、ゲーム関係の機器に興味を示しては、見たり触れたりしてきました。それこそが自分の根源というか、成り立ちに欠かせないものなんですね。だからこそ、「それらを音楽に反映させるべきだろう」という意識があったし、自分のルーツに正直に、純粋に作りたい音楽を模索し、行動していきました。そうした活動をしていく中で、アキバ系と言わざるをえなかったというか、自然にそうなっていったんですね。
  わたしは、昔から女性アイドルが大好きで、好きなアイドルさんがCDを出したら、「次はどんな曲を出すんだろう」と自分の中で妄想しながら、自分で勝手に理想とする楽曲を中学生の頃から作っていました。一方で、ロックやクラブミュージックも好きでしたし、海外のライブハウスに遊びに行ってみたり、経験を重ねていく中で、だんだんと「これは自分にしかできないんじゃないか?」ということが見えてきました。

 

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桃井  「自分のライフスタイルを反映した音楽スタイル」を表現できたら、きっと共感してくれる人がいるという確信はあったんです。 
 当時のアニメソングやゲームソングって、アニメやゲームがめっちゃ好きな人が作っていたのではなくて、音楽制作のプロの方が作っていました。わたしは、そういうところも好きでしたけど。そういう音楽制作のプロの方には、わたしの歌声は「アニメっぽい」とか、曲も「80年代みたい(笑)」とよく言われていました……誉め言葉ではなく。当時はヲタク側で自作自演する人はいなかった。そんな中で2000年にシングルの『Mail Me』をリリースし、メジャーデビューにまで至りましたが、その次の予定はありませんでした。その挫折を分析して「もっとコンセプトをわかりやすくしなければダメだ」と思い立ち、UNDER17を結成するに至ったんです。

月宮  1990年代って、桃井さんのようにインターネットを使いこなす方って全対比として少なかったと思います。そんな時代の中で小池アニキ自身も、1990年頃から「個人でパソコンで作曲ができるようになった」という情報を手にして新宿のソフマップへMacを買いに行ったと伺いました。作家の畑亜貴さんや、Funtaさんも、自宅での音楽制作環境を構築されていて、そういう時代の先駆者として個人でコンピューター音楽、所謂DTM制作を始めた方々ですものね。
  90年代の個人の音楽制作は、 知識や情報力を手にできていた、いわゆるインターネットの上級者の方々が作り上げたものだったのでは?と思っています。
 Windows95の発売があって、パソコンが身近なものとして一般化し始め、さらにインターネット回線がどんどん成長、普及し、情報の共有が進んでいく中で、2000年代に美少女ゲーム・アキバブーム・萌え産業のムーブメントが起きました。
 まさに、インターネットの進化に合わせて、加速度的かつ局地的なムーブメントが生まれていったと思うんです。音楽も、そう。UNDER17さんやMOSAIC.WAVさん、KOTOKOさんなど、当時の一般的なJ-POPとは違う、あの頃の、秋葉原界隈の、オタクの空気感にしかない独特で濃厚な音楽が生まれた。わたしは、それらの音楽がすごく好きで、今でも大好きです。
  今は、もうなかなか触れ合えることのない2000年代当時の空気感を持つアキバ系音楽。その音楽を、今一度、アニキの歩んできた歴史に絡めて、今も活躍中の、あのシーンの音楽を作ってきたレジェンドの方々と一緒にイベントライブを通して伝えたいなと思いました。
 それもまた、「Say 全 魂-soul-」を企画運営してきた中で、大きな軸になってきた思いです。桃井さんが2000年にリリースした『Mail Me』は、インターネットのリソースが、1文字1バイト従量課金で、とても貴重だった時代の歌ですよね。

桃井  あの曲は、当時、NTTドコモが「iモード」を作ったことで、つまり、ケータイ電話でインターネットができるようになったことで、「インターネットがもっと身近なものになるだろうな」「女子がメールを待っているのも当たり前の世の中になるんだろうな」という妄想から作った曲なんですけど。『Mail Me』に収録した曲たちは小池さんにアレンジをしてもらいましたが、今、改めてあの作品を聴くと、C/Wに収録した『2001年のゲーム・キッス』は、今の、誰でもネット上で仮想の自分になれる、本名じゃない自分になれることを予見した歌だったなというか。それが当たり前の時代になった今になって聴くと、また違った味わいが出てくるなと感じました。
  当時、『2001年のゲーム・キッス』は、SFファンタジー的な感覚で書いた歌でしたけど。今聴くと、あのときに妄想したことがリアルになっていますからね。しかもこの曲が2年前にTVアニメ『VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた』のエンディング曲にまでしていただいた。面白い状況だなと思っています。

月宮  わたしからすると、インターネット黎明期や成長期の雰囲気と、今のインターネット飽食の時代は、かなり違う印象だと思っていたんですけど。桃井さんからしたら、当時、未来を見据えて思いを巡らせていたことが、今に繋がってきたという印象なのでしょうか?

桃井 人の根底にある精神的なものって、そんなに変わってないということなんですかね。人が悩んでいることやフラストレーション、欲望みたいなことの根源は変わってなくて、その発散の仕方が変わってきただけというか…。
  わたしは、昔からコンピューターが好きなので、そういう意味で「アキバ系」と言っていました。『Mail Me』を作った2000年のわたしは20代前半でしたけど、あれから26年経った今のわたしが思っていることと、今の20代の若者が思っていることって、そんなに変わっていなさそうな気がするんですよね。

月宮  わたし、あの当時は、テレホーダイタイムになった23時から朝までチャットをしたり、ネット回線を使って音声を送るときに、少しのデータ量も大事に大事に噛みしめていた時代を知っているからなのか、今のインターネット環境はすごい情報の飽食な時代だなと思っていて。

桃井  だからこそ逆に、「何でもある」と思っちゃうのは危険なのかもしれない。実際には、ネット上に今でも何でもあるわけではない。むしろ、レア情報や大切なことはネットには上がらないのに、そう思い込んでしまう罠はあるのかもしれない。

月宮  なるほど。確かに。あの当時はYahoo!検索(人力分類ディレクトリ型検索エンジン)がすべてだったのに、今や、Google検索(ロボット型検索エンジン)で世界中の情報が手に入るように、なんという情報の飽食の時代なのかと思ってしまいます。あの頃は、すごく小っちゃい情報を一生懸命たぐり寄せては、大事に咀嚼し反芻し何度も噛み締めていた時代でした。だからこそ、そういう環境の中で生まれ育った局地的な音楽がすごく好きだったし、今も好きなんです。
  美少女ゲームの音楽も同様で、 一般流通には乗っていないから、秋葉原の専門店でしか手に入らない。だから、専門店や展示会に足を運ぶか、公式通販で購入するしかなかったんですよね。ときには、それらの商品を、ユーザー側がミラーサイトを立ち上げて応援したりと、すごくゾーニングされた局地的な区域の中に情報が集まっていましたし、その「一線」をわかっている熱気のある人たちの中だけですごく盛り上がっているシーンでした。
それこそ、「小麦ちゃん」(アニメ『ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて』)は、本当にそのオタクのことをわかっている人たちが手がけていたからこその内容で、ネットミームやギャグやパロディも盛りだくさんで。だからこそ、わかってるユーザーさんたちがフィーバーフィーバーしたわけですよね。
  桃井さんが出演されているゲーム『ゆんゆん電波シンドローム』も、まさにそう。アライアンス・アーツさんのYoutubeの動画で、認識者の方が「親と一緒に聞けない音楽」とおっしゃっていましたけど。その当時、わかっている人たちだけがこっそりと楽しんでいて、そういう「秘密の暗号のような、同志が楽しめる音楽」が、わたしはすごく好きなんです。そういう音楽を、今回の「Say 全 魂-soul-」ではとくに、アニキの歴史、桃井さんの歴史、MOSAIC.WAVさんの歴史、元でんぱ組.incのお2人の歴史を通して、伝えられたらいいなと思っているんですよ。

桃井 当時の空気感を今の時代の中で、しかも、本物の出演者のパフォーマンスで伝えようということを、こうやってうさぎちゃんが主導してやってくれるのは,大変意義深いことですからね。

 

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秋葉原から萌えソングや電波ソングが生まれたって言われるけど。桃井とやっていたUNDER17もそう、秋葉原しかライブ活動をする場所がなかったんだよね。


小池雅也(以下、小池)  月宮も桃井もさ、結局は女子じゃない。あの当時、女子のヲタクってほとんどいなかったんじゃない?

桃井 そういうことなんですよ。

小池 月宮はヲタク女子ではあるけど、今のように、それを世間一般におおっぴらには言えなかった時代の空気があったというかさ、実際、表立っては隠していたじゃない。だけど、表現したいものがあるから、同じ界隈の人たちをインターネットで見つけて交流を持ったり、コスプレイヤーをやったり、音楽にも携わったりといろいろやっていた。その姿は、俺も見ているからさ。
  改めて振り返ると、男性もそうだったけど、あの時代の女性も、だいぶ世の中的に虐げられていた時代だったなと思って。

 

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月宮 虐げられていたというか、特殊な癖(へき)だし、変な偏見の目で見られたりバカにされたくなかったので、そっと隠れていたんですよ。オタク女子はいました。同時期に活動していたネットアイドル発コスプレイヤーで現在は社長されている乾曜子ちゃんや、後に声優さんになった女の子も。コスプレの先輩方もこっそりたくさん活動していらっしゃったし、COSPAさん主催のコスプレダンバイベントとかも知る人ぞ知る、な感じで、ありました。


小池 秋葉原から萌えソングや電波ソングが生まれたって言われるけど。桃井とやっていたUNDER17もそう、秋葉原しかライブ活動をする場所がなかったんだよね。いろんなライブハウスに出ようと思っても、音楽スタイルが他とかぶらないから、先方もブッキングで困ってしまう。まあ、あの当時も今でも、うちらのようなジャンルをやる人たちは少ないから、現状は変わっていないんだけどね。
 当時はそんな中、MOSAIC.WAVが出てきたときは、「このジャンルもちょっとずつ認知されてきたな」と思ったけど。界隈の方々が熱狂的に支持してくれたというか。

月宮  あのときの熱量を、我々はいまだ持っているんですよ。今の時代に逆らうわけでもなく、今の時代を認めたうえで、あのときの熱量や、自分の好きな音楽を追求する姿勢を、我々はまだ持っています。それこそ、「まだ生きているよ」というのを、「Say 全 魂-soul-」を通してアピールしたいなと思っていて。そのことに気がついてもらえずにいたら、表現的に死んだのと同じになっちゃうからね。

小池  あの時代の空気感を伝えるイベントを月宮が主導してやってくれるのは、本当にありがたいことだね。

月宮  そこは、熱意のある人が旗を振ってやらないとなと。2020年代に入って、「ススメ☆萌でんぱ少年!! 大復活祭 2020!!〜過ぎさりし萌をもとめて〜」や「ススメ☆萌でんぱ少年!! 大大復活祭 2025!!」、『アニストネーション2026 〜ここから進化を遂げ、世界に挑んで突き進む!~』などのイベントが行われるようになり、毎年のようにやってくださるといいなあ…と思っていたけど。いつまでも待ってるだけじゃ始まらないし、企画運営はめちゃくちゃ大変なのですが……!
 先のイベントを主催した方々を含め、熱意のある人がやっていかないと意味がないし伝わらないんだなと思ったことが、こうやって3年連続で「Say 全 魂-soul-」を続けていることの原動力になっています。
 とにかくアニキが生きている間は、アニキの音楽や、アキバ系の音楽を伝え続けたいなと思っているので。

桃井  小池さんは、その時代を作ってきた本物だからね。そういう人の音楽は、大切に伝え続けていかないとね。

月宮  こういうイベントができるのも命あってのものなので。アニキの指が動くうちは、ギターをいっぱい弾いてもらわないとですね。

 

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美少女ゲームのムーブメントをリアルで体験してきた者からしたら、あの当時の空気感は忘れられないですからね。


──今でこそ月宮さんもアーティスト側ですが、最初はユーザー側からスタートしていますよね。でも、アニキや桃井さんは、最初から表現者側としていたから、あのシーンが生まれたわけじゃないですか。そこのスタンスの違いを、月宮さんは、どんなふうに受け止めています?

月宮 わたしの場合、美少女ゲームメーカーにいたり、同人活動でコスプレをしている中で、COSPAさん経由でアニキのスカウトを受けて音楽の世界に入ってきたので、確かに、お2人とは、そこの視点の違いはあるかもしれないです。

桃井  でも、コスプレイヤーなど、そういう界隈のことをわかっている人がやっている音楽だから、いいんだよ。結局は、そういうのが大事じゃない。

──桃井さんもアニキも、最初から「萌えソングを作る」「電波ソングを創り上げる」と意気込んでいたわけではなく、自分が好きな音楽スタイルを追求していった結果、そのジャンルの称号を与えられた形ですよね。

月宮  お2人ともインターネットの発展と普及に伴う美少女ゲームのブームにすごくマッチングしたと思うんです。当時のユーザーが求めるものと、企業側が求めるもの、桃井さんやアニキが純粋に好きで作っていた音楽が超合致して、それが電波ソングや萌えソングという呼称になり、伝説の時代を作った。
あの当時の美少女ゲームのムーブメントをリアルで体験してきた者からしたら、あの当時のわくわくドキドキきゅんきゅんゆんゆんした空気感は忘れられないものです。

桃井  当時のわたしは、よく秋葉原に遊びに行っていました。それこそ、まだ電気街といわれている時代、サトームセンさんやオノデンさんは自社でテーマ曲を作っていたんですね。一方でソフマップさんやメッセサンオーさんなどが、美少女ゲームのデモムービーやゲームのテーマ曲を流していたんですけど。それを見て「わたしもここで流してもらえるような曲を作りたい」となったのも大きなきっかけでした。当時のゲーム音楽って、インストゥルメンタルや優しい音楽が多かったんですよ。わたしはそのフィールドで「ノリのいい音楽をやりたい」「もっと若者がノレる音楽を作りたい」と考えていて。そんな時にタイピングゲーム『いちご打』のオープニング主題歌の『いちごGO!GO!』という曲を作ったんですけど。その曲が、秋葉原の局地的な界隈の人たちの間で評判になりました。そのときにわたしも、「わたしが信じて作った音楽に共感してくれる人たちは絶対いるぞ」という手応えを感じていましたし、メーカーさんも、「この路線でいこう」となっていったんだと思います。

──自分の感性が、その当時の時代が求める空気感にはまったわけですね。

桃井 はまったし、もともとはわたしもリスナー側で、「もっとこういうのが聴きたい」「こういう曲があったらいいのに」ということを自分自身でやっていましたね。それは小学生の頃にアイドルの次曲を想像していたのと一緒ですね、
  ライブにおいても、顔を出してやりたかったんです。当時は、匿名性が高く、今のようにSNSもないですからどういう方が楽曲を作っているのかわかりくかったんです。美少女ゲームの楽曲を「めっちゃいい曲」と思って、誰が作っているのか辿ろうと思っても、作詞・作曲者のクレジットが入っていなかったりと、辿れる人の数は少数でした。しかも、ライブ活動をしている人たちも限られていたから、わたしは「みんなでもっと楽しめる空間があったらいいのにな」と思っていました。だから、自分でもライブをやるようになったんですよ。

──匿名性の環境が主だったところで、桃井さんは顕名性を大事にしてきたし、積極的に顔出しもやっていったわけですね。

桃井  当時は、ライブイベントの数がとにかく少なかったんです。もともとわたしはアイドルヲタクだったから、ライブを見るのが好きなわけですよ。中学生の頃から、アイドルのライブ現場にも行っていましたし、そういう現場で、みんなと一緒に「あー楽しかったね」と思いを共有しあえることが好きでした。
 当時も、幕張メッセや東京ビッグサイトなどで行われるゲームショーやコミケなどの大きなイベントには、美少女ゲームのメーカーさんを含め、出展する方々がいましたけど。お客さんはブースに立ち寄って、体験版として無料で配っているCD-ROMなどを無言で受け取り、それで帰っていくだけなんですよ。だからわたし、「ここでライブをやって、みんなで盛り上がったら楽しいのになぁ」とずっと思っていました。
  昔からそうですけど、いろんなカルチャーに音楽も紐付いているじゃないですか。もちろん美少女ゲームにも音楽は紐付いていますけど、そこに、ライブというカルチャーは紐付いていなかったんですね。あっても、座って聴くコンサート形式が主流でした。でもわたしは、みんなで立って、踊って、一緒に思い出を共有していきたいと思っていました。だからわたしは、小池さんに「ライブをやりたいから、申し訳ないけど、ステージでギターを弾いてほしい」とお願いをしたわけです。そのお願いをしたことが、後にUNDER17を始める背景にもなりました。

小池  あの当時は、イベントライブの中、ディストーションで歪ませた音でギターを弾くと、「ギターの音がデカい」と怒られ、そのたびに音量を下げられていたのに、桃井のところではまったくそういう制限がなかったからね。あと、誘われた理由に、「女の子一人じゃステージに立ちたくない」というのもあったんでしょ。

桃井  そうなんです。わたしは「アーティストがライブをやっています」という姿を、ビジュアルの面でわかりやすく見せたかった。それで、小池さんに横で弾いていただくことをやったわけなんです。

月宮  美少女ゲームがブームになった頃、ゲームのメディアがフロッピーディスクからCD-ROMになって、ボイスや音楽も収録できるようになり、市場の拡大によって展示会などのイベントも増えていきました。
そこで、各企業ブースが続々と販促イベントを充実させたことも大きかったのだと思います。名物広報さんやコスパニオンの需要もできました。その中で、UNDER17さんや、栗林みな実さんや佐藤ひろ美さん、KOTOKOさんなどがライブ活動をし、メジャーレーベルに所属したり、美少女ゲームが原作の深夜アニメが放映されたり、ニコニコ動画が普及していったりなどして、美少女ゲームと美少女ゲーム音楽というムーブメントがぐんぐんと成長していったのだなと思いました。

 

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あの頃は先陣となる人がいなかったから、すべてが前例のないことから始まっていましたからね


──顔出しをしてアピールしてくれる人たちが増えてきたのも大きかったのでしょうか?


桃井  あの頃はすべてが前例のないことですから、手探り状態でしたね。実は本当のMVPがもうお一方います。わたしが、アニメ『ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて』に参加したときに、プロデューサーの方に、「18禁ゲームの歌を作って歌ってますけど、名前を隠さなくても大丈夫でしょうか?」とお伺いしたところ、「むしろ、どんどんやっちゃって! 相乗効果で盛り上げていきましょう」という後押しがあったんです。今もその柔軟な判断には心から感謝しています。

──前例がないからこそ、自分たちで新しい流れを作り上げる。その姿勢を、同じ時代に生きる、新しい刺激を求める若者たちが支持をしていった。その積み重ねが、今に至るんでしょうね。

月宮  その気持ちを持ち続けたまま活動をしている人たちが、今もいるわけです。今の時代の流れに寄り添いながら、あの頃の時代に中に息づいていた熱い気持ちを持ち続けたままサバイブしてきた。その姿勢でこれからも未来へ進み続けていく演者さん、ファンの方たちが、「Say 全 魂-soul-」に集まってくるわけですからね。

 

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あらゆるメディアの成長とともに、一緒に大人に成長してきたのが、うちら団塊ジュニアや、もう少し上の世代の人たちなんですね。


桃井  とくに表立って言ってはこなかったことですけど。わたし自身が今、活動をしていくうえでの裏テーマがあってね。普段は公言したいけどここだから言っちゃいますね。
 わたしくらいの世代の人たちって、いわゆる団塊ジュニアと呼ばれています。この世代は、とにかく人口がめっちゃ多かった。しかもみんな、子供の頃はコロコロコミックを読み、ミニ四駆で遊び、ガンプラを作ったりしていた世代。レコードから移り変わり、CDが一般的になった後、MDが出てきたり。ビデオが普及し、そこからディスク化していったことも、そう。ゲームだって、次々と進化していく中、一緒に成長を追いかけてきた。つまり、あらゆるメディアの成長とともに、一緒に大人に成長してきたのが、うちら団塊ジュニアや、もう少し上の世代の人たちなんですね。社会人になるときには就職氷河期と言われたように、人数が多いことで、枠から追いやられてしまうことも多い世代でもありました。
  インターネットについても、そう。インターネットが登場し、ケータイ電話が普及して、そこでゲームもプレイするようになり、スマホも普及し、今ではそれらを掌の中に集約することが当たり前になっている。もっというなら、子供の頃は「漫画など読んでいると頭が悪くなる」と言われていた世代なのに、今では漫画やアニメが世界に誇るカルチャーになっている。そういう進化の歩みをずっと見ながら、それを一緒に体験して育てて成長してきたのが、自分たち前後の世代だなと思っています。わたしは、それらの恩恵を授かってきたことにすごく喜びを覚えているといいますか、めちゃくちゃ面白い、「この時代に生まれてきてよかったな」と心から思っています。
  だけど一方で、今の時代と照らし合わせて見ていく中、割を食っているというか「損している世代だ」と口にする人たちも多いなと感じるんですね。だからこそわたしは、でも、「この世代に生まれ育ってきてよかったじゃん」と、確認しあいたい。それが、わたしが表現していくうえでの裏テーマとしてあることなんです。

月宮  団塊ジュニア世代だからこそ共感できる文化、それこそ、インターネットもデバイスとも一緒に成長してきたし、それを実際に体験してきた世代ですからね。

桃井  わたしが20代の頃なんかはまさに、新しいものがどんどん出てきて、日本から生まれたあらゆるモノが世界を席巻していましたからね。でも、ある程度の年齢を迎え、夢を見ることも難しくなり、いろんなことをあきらめなければいけないと感じている人たちも多くなっていく。わたしは「みんな、うちらはすごく面白い時代を生きてきたじゃないか」と言いたいし、今もそうだって伝えたいんですよ。それが、今のわたしの活動を続けていくうえでのモチベーションになっています。そうやって活動していたら、それが刺さったという10代20代のファンの方もイベントに来てくださいます。
  「Say 全 魂-soul-」は、平成の時代の中で生まれた面白い音楽を作ってきた人たちが集まっているイベントです。当時を知っている人たちがあの頃の熱気を思い返してほしいというのと、それを知らない世代の人たちにも体感してほしい。当時生まれていなくても、若すぎてイベントに来たことがなくても、同じ感性を持っているから、きっと楽しんでもらえるはずだからね。それに、結婚や出産、仕事上の責任などで一時期離れていた人たちも、そろそろ戻ってこられる世代にもなっていると思うから、改めて、あの当時のことを思い返してもらえたら嬉しいなぁと思って。

月宮  昔は、インターネットの中にすべての真実があると思っていたけど。AIやディープフェイクが増殖した今となっては、リアルの世界のほうが信じられる時代になっていますからね。

桃井  その発想が逆転したよね。わたし、インターネットが普及したら、みんながわかりあえて平和になると思っていたのに、今では、人の対立を煽ったり騙したりしてお金を稼ごうとする人も多いから、インターネットというか、人間にうんざりしちゃってますね。

月宮  だからこそ、インターネットの進化とともに生きていたみんなが、2月6日に「Say 全 魂-soul-」に出揃って、それをライブというリアルで体感できるところが見どころなんです。あの頃から持ち続けているアツい魂と生きざまを見せていきたいし、愛の詰まった音楽を作り続けてきた、そんな同じ時代を生きてきた。その空気感もステージを通してお届けしたいなと思っていて。

小池  今や、インターネットにはダークな世界が広がっているけど。「Say 全 魂-soul-」は、まだまだインターネットが夢や希望に満ちていた頃にその文化を享受し、音楽表現に落とし込んでいた人たちが集まっている場だからこそね。

月宮  ゾーニングされたライブハウスという環境の中、インターネットに対して夢や可能性に満ちていた、でもちょっと特殊な癖をもっていた、あの愛おしい世界と音楽を届けたいです!

小池  その時代にタイムスリップしようぜってことだな。

月宮  こうやって開催に向けて交流していく中で、新たな発見や掘り起こしもあったので、そういう想いやまごころも含めて「Say 全 魂-soul-」を通してみんなと共有したいです。もう、みんなの「Say 全 魂-soul-」といってもいい。うん、みんなの「Say 全 魂-soul-」です!
 あのアツい時代から、今も音楽を作り続けている人や、それを楽しむたちが集まって、同じ空間を共有する。そういういろんな想いを重ねてやっているのが、このイベントですからね。

 

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TEXT:長澤智典


 INFORMATION

【イベント概要】
■イベント名:小池アニキ生前奏&生誕祭ライブ2027
■出演:ULTRA-PRISM・桃井はるこ・MOSAIC.WAV
     成瀬瑛美・夢眠ねむ
■日時:2026年2月6日(土)
■場所:赤羽ReNY alpha(赤羽駅徒歩1分)
https://ruido.org/akabane_reny/
■公演形態:昼夜2回公演
■チケット情報:
1部:12:40 開場 13:00 開演
https://tiget.net/events/518729
2部:17:40 開場 18:00 開演
https://tiget.net/events/522755
料金:VIPチケット(優先入場&フルグラ超カコイイTシャツ付):13,500円 
   一般チケット:8,000円

 

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ウルプリINFORMATION
■イベント名:月宮うさぎBDパーティ2026 「うさたん!」
■出演:ULTRA-PRISM・太田貴子
■日時:2026年11月7日(土)  
■場所:西川口Galaxy  https://galaxy-group.jp/cafe-event/
■時間:18:15 開場 18:30 開演 
■チケット情報:https://tiget.net/events/530725
 一般チケット:5,000円 
 女性チケット:4,500円
 当日券:6000円 


桃井はるこワンマンライブ『MOMOI HARUKO BD LIVE 2026 みかんせい』12/13(日)開催!
公演名
MOMOI HARUKO BD LIVE 2026
みかんせい
開催日
2026年12月13日(日)
時間
開場12:10 開演12:40
会場
神田スクエアホール
出演
桃井はるこ
FC限定SS優先エリア入場券
https://momoiharuko.com/blogs/topics/WftoyGZP9vbtUdDmgjO7e
一般チケット
https://mfive.zaiko.io/ja/item/385652
特設サイト
https://momoiharuko.com/pages/live20261213


桃井はるこニューシングル
「みかんせい」11月25日(水)リリース!

新曲「みかんせい」をはじめ、「Dear My HERO」「OTAKUNAJIMI」「インターネットが泣いてる」の4曲を収録。
off Vocalとスペシャルトラックを加えた全9トラック。初回特典として、エムカードを封入。

発売日 2026年11月25日(水)
価格 ¥2,200(税込)¥2,000(税抜)
品番 FPBM-0012
仕様 CD / 全9トラック
初回特典 エムカード(全10種ランダム)

特設サイト
https://momoiharuko.com/pages/single20261125

SNS 
月宮うさぎ https://x.com/usagitukimiya
小池雅也 https://x.com/koikemasaya

 

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桃井はるこSTAFF https://x.com/momoi_info
桃井はるこ https://x.com/momoiktkr

 

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MOSAIC.WAV  https://x.com/mosaicwav
み〜こ https://x.com/miko2
柏森進 https://x.com/KayamoriS

 

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成瀬瑛美 STAFF https://x.com/eitaso_official
成瀬瑛美 https://x.com/eitaso

 

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夢眠ねむ https://x.com/yumeminemu

 

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